600万円の黒字より、2億の赤字。
河合薫さんの「残念な職場」の一節です。
経営の意思に反する事業の600万の黒字より、経営が方針とした事業の2億の赤字が評価されるとした内容。そう説明されると解りますね。
ピーターの法則
組織に無能な上司が多い理由を説いた階層社会の原理です。
どんな原理かというと、ヒエラルキーを上がること(出世すること)に価値を持つ限り、ある階層で能力が及ばない人が生じる。そこで階層にそぐわない「無能者な上司」が生じるとしたもの。
確かに、営業マンとして優秀でも、営業課長としては???な人いますよね。課長がプレーイングマネージャーなら管理職者としての無能さが表面化しないかもしれませんが、マネジメント業務が主となる部長ともなると無能さを隠すことができなくなります。営業マンとしては優秀なのに、本人にとっても組織にとっても不幸なことですが、階層社会ではどんな会社でもありえることです。
個人の問題でも組織の問題でもなく、制度の問題なんですねぇ。
優秀と判断され出世したものの、上の階層の仕事ができなかった場合、優秀な個人を「無能な上司」にする可能性があるのは残念なことです。この「無能な上司」が、横異動し、もし、また新たな「無能な上司」が生み出されるなんてことが繰り返されると、その階層が「無能な上司」だらけになります。こうなると、企業全体が病んで、みんなが不幸になるわけですね。
では、どうするか?
極力数値化
優秀な上司は、自己の価値観を極力控え、評価基準に沿って評価します。一方、無能な上司は己の価値観のみで評価します。よって、己の価値観のみで評価されることが無いような仕組みを持つことが望まれます。具体的には、極力数値化することでしょう。目標を数値で示し、結果を評価できるようにする。誰が見てもその評価に納得ができる仕組みなら、無能な人が高評価される間違いは減少するでしょう。問題は、全てを数値化するのは無理であること。人の内面は数値化できませんから、どうしても人間の判断を入れざるを得ません。人が人を評価するのですから仕方ないことです。しかし、数字が全く無いより随分マシです。階層別に数字化による評価のウエイトを変えることも必要でしょう。上の階層ほど、プロセスより数字で評価すること。そうすれば、数字をあげられる部下を欲しがり評価することになるでしょう。
教育
でも、「極力数値化」だけではダメです。あくまで、今の階層の評価だからです。結局、上の階層の仕事が勤まらないから「無能な上司」となるのですから。上の階層に上がる前に、きちんと上の階層の教育が必要だと考えます。地位が人を育てるということもありますが、放置してはダメでしょう。階層が上がる前に、教育しておきたいものです。教育してテストして、合格した人が上の階層へ出世する。これなら、「無能な上司」を産む可能性をかなり抑えることになると思います。
360度評価
「無能な上司」をそのままにすることが無いような仕組みも欲しいですね。上司としてふさわしいか?部下の評価も取り入れて、360度評価するのも有効だと思います。部下は好き嫌いで評価する可能性もあるので、あくまで参考程度ですが、評価の一部にすべきでしょう。
降格人事
大きな失敗が無い限り、降格人事は難しいものです。役職が下がると、呼び方も変わります。昨日まで部長と読んでいた人を、今日から課長と呼ぶのは、部下としてもいたたまれません。組織をぎこちなくします。そうならない方法の一つとして、全ての人を「さん」付けで呼ぶよう社内ルールを変えることです。役職がなくなるわけではなく、呼び名を改めるだけです。社長以外は全て「さん」付けにすると、降格人事となった人も、いくらか救われますし、周囲も知らないふりをして接することができます。違和感があるかもしれませんが徹底することです。徹底すれば、一年で慣れます。注意点は、役職を意識させる仕組み。呼び名が変わらないので、昇格したのに以前と変わらぬ意識で仕事をする可能性があります。きちんと責任を認識させるように接して、役職にマッチした仕事をしなければと思わせることです。
書籍「残念な職場」でも、様々な対策を示しています。企業の風土や文化は様々です。そこに至るまでの歴史まで考えると、一筋縄ではいかないと思います。ただ、無能な上司がはびこる原因と、そうならない意識を持って望めば、「残念な職場」は回避できるのでは無いかと、そう思う次第です。